1 はじめに
会社の就業規則に退職金規定がある場合,会社は,要件を満たした従業員が退職する際に,退職金を支払う必要があります。
もっとも,従業員が,悪質な行為によって会社に迷惑をかけて,懲戒解雇されたような場合にまで,退職金を全額支払わなければならないのでしょうか。
今回は,退職金の減額,没収(一度支払った退職金の返還を求めること),不支給(全額支払わないこと)ができる場合はあるのか,どのような場合にできるのかについて,解説します。
2 退職金の減額・没収・不支給ができる場合
例えば,会社の就業規則に,「懲戒解雇に相当する事情があった場合には,退職金の全部または一部を支給しないことがある」という規定がある場合,懲戒解雇に相当する事情があれば,退職金の全部不支給または一部減額ができます。
また,このような就業規則の規定がある場合で,退職金を全額支払った後で懲戒解雇に相当する事情があったことが発覚した場合には,退職金の一部または全部の返還(没収)が認められる可能性があります。
一方,このように退職金の一部または全部を支給しないことがあるという就業規則の規定がない場合や,規定があってもその規定に該当する事情がない場合には,退職金の不支給や減額は認められません(就業規則の規定がない場合については,後で述べます)。
上記のような退職金不支給を認める規定があり,懲戒解雇が相当とする事情があっても,無条件に退職金の全部不支給または一部減額が認められるわけではなく,一定の限度に制限されることがあります。
退職金の不支給が認められるのは,従業員に永年の勤続による貢献を全て抹消してしまうほど重大な行為があった場合とされています。
そして,従業員の行為の重大性の程度によって,退職金の一部減額のみが認められることもありますし,場合によっては一切減額が認められないこともあります。
以下では,退職金の全部不支給が認められた事例,退職金の一部減額が認められた事例をご紹介し,どのような場合に退職金の不支給や減額が認められるのかを見ていきます。
3 退職金の全部不支給が認められた事例
① 会社の金品を持ち出して懲戒解雇された例
電話会社の従業員で,テレホンカードの管理責任者であった従業員(勤続年数は30年)が,在庫のテレホンカード1万枚(500万円相当)を持ち出して,他の従業員の自宅に隠したことを理由に懲戒解雇された事例です。
この事例では,500万円相当のテレホンカードを持ち出して隠したことは,会社の信用を著しく損なうものであり,それまでの勤続の功労を抹消してしまうほど正義に反する行為であるとして,退職金(3080万円)の全部不支給が認められました。
② 会社の営業課長が競業の新会社設立に積極的に関わった例
魚市場において魚類の販売事業を営んでいた会社の営業課長(勤続年数は25年)が,会社と競業関係となる新しい会社の設立に積極的に関わり,会社の従業員を新会社に移籍させるように働きかけたことを理由に,懲戒解雇された事例です。
この事例では,営業課長の行為によって会社内部が混乱し,一時は会社の存立自体が危ぶまれる状態にまでなったことや,営業課長という要職にあったにもかかわらず会社の存続を脅かす行為をしたことなどが考慮されて,退職金(713万6000円)の全額不支給が認められました。
③ 刑事裁判となり実名や住所が報道された例
管理職の立場にあった従業員(勤続年数は27年)が,約4か月間,実父の遺体を自宅のべランダに放置するという死体遺棄事件を起こし,刑事裁判の結果,執行猶予付きの懲役刑に処せられたことを理由に懲戒解雇された事例です。
この刑事裁判については,メディアによる報道がされて,会社名は報道されなかったものの,従業員の実名や住所が報道されました。
この事例では,刑事事件を引き起こした時に管理職の地位にあり,事件が職場に与えた影響が大きかったことや,報道されたことにより,従業員を知っている取引先などは,会社に従業員が在籍していることが分かり,会社の社会的信用が傷つけられたことなどの事情を考慮して,退職金(600万円)の全部不支給が認められました。
4 退職金の一部減額が認められた事例
① 鉄道会社の職員が痴漢で懲戒解雇された事例
鉄道会社に勤務していた従業員(勤続年数は20年)が,電車内での痴漢行為によって刑事裁判を受けて,執行猶予付きの懲役刑を言い渡されたことを理由に懲戒解雇された事例です。
この従業員は,過去にも3回,痴漢行為によって警察に逮捕されており,その際には,昇給停止や降職処分を受けていました。
また,会社では鉄道事業を営んでおり,痴漢行為を率先して防止し,撲滅すべき立場にあって,現にその撲滅に取り組んでいたことから,そのような会社に所属する従業員が痴漢で繰り返し検挙されるというのは,相当な不信行為であるとされました。
一方で,今回の行為は,横領などのように直接会社に損害を与える行為ではなく,会社に直接損害を与える行為と比べると,会社に対する背信性の程度は小さいとされました。
さらに,過去にこの会社で退職金の減額がされたのは,全て,業務上取り扱う金銭の着服があった場合でした。
これらの事情を総合的に考慮して,退職金のうち7割を減額する(本来の退職金約920万のうち約276万円を支払う)ことが認められました。
② 運送会社のドライバーが酒気帯び運転で検挙された事例
運送会社のセールスドライバー(勤続年数は34年)が,業務終了後に帰宅途中に飲酒をし,酒気帯び運転で検挙されて運転免許停止30日,罰金20万円の処分を受けたことを理由に懲戒解雇された事例です(この従業員は,検挙されたことを会社に報告せず,ある機縁で検挙から約4か月後に発覚しました)。
この事案では,酒気帯び運転は重大な事故を引き起こす危険が高い行為で,職場外で勤務時間外に行われたものであっても,運送会社の社会的信用を損なうおそれが高い行為であるとされました。
また,検挙されたことを会社に報告しなかったことも,悪い情状であるとされました。
もっとも,この従業員は過去に懲戒処分を受けたことがなく,この事件のときも罰金刑を受けたのみで,交通事故を起こしたわけではありませんでした。
このようなことを考慮して,退職金の約7割を減額する(本来の退職金962万0185円の約3割に当たる320万円を支払う)ことが認められました。
5 就業規則に退職金の不支給規定がない場合
上記4で取り上げた事例では,全て,会社の就業規則に,懲戒解雇に相当する事情があった場合には退職金を全部または一部支給しないことがあるという内容の規定がありました。
会社の就業規則にこのような規定がない場合,懲戒解雇に相当する事情があったとしても,退職金を不支給としたり,減額したりといったことはできなくなります。
就業規則の規定を整備しておかないと,従業員が不正や違法な行為をして,会社に損害を与えたような場合であっても,退職金を全額支払わなければならなくなってしまいますので,注意が必要です。
6 まとめ
退職金の全部不支給または一部減額が認められるのはどのような場合か,解説してきました。
従業員の行為が直接会社に損害や悪影響を与えるものかどうかや,従業員の行為によって会社にどのような影響があったのか,従業員の立場や地位はどのようなものだったのかなどが,裁判では考慮されます。
退職金の不支給や減額ができるか,どの程度の減額であれば許されるかについては,裁判実務に精通した弁護士でなければ,判断が難しい場合が多いと思います。
そもそも,退職金の不支給や減額,没収をするためには,就業規則に規定がなければなりませんので,就業規則を整備しておく必要もあります。
退職金の不支給,減額,没収でお悩みの企業様は,ぜひ,弁護士にご相談下さい。