降格処分の注意点

企業は,組織運営のために,社員の役職や権限を動かすことができます。

このような異動や降格といった命令は,ときに問題社員へ対処するための有力な選択肢ともなりえます。

そこで今回は,企業の行う降格について解説したいと思います。

1 降格は自由にできるか

降格とは,役職または職能資格,資格等級を低下させることです。

降格には,大きく分けて2つあり,人事権行使としての降格(人事降格)と,懲戒処分としての降格(降格処分)があります。

まずは,人事降格についてですが,これは懲戒処分のように問題を起こした社員に対する制裁ではありませんから,企業が自由にできるのではないか,とも思われます。

しかし,降格したことにより,労働者に大きな不利益となることがあります。

そのため,人事権行使としての降格であっても,場合によっては違法であり無効とされることがあるのです。

そこで,降格をタイプ別にみて,問題がないかどうか注意していく必要があります。

2 人事権行使としての降格

人事降格には,主に2つのタイプがあります。

第1には,役職の降格(解任,降職)です。

○○部長から△△課長へ任命する,というような,一定の役職を解いてそれよりも下の役職へ降格するといった場合を指します。

この役職の降格は,社員の適性や能力を評価してする労働者の配置をすることですから,企業の本来的な権限といえます。

そのため,就業規則などにとくに根拠規定がなくともよく,業務上の必要があれば,企業の裁量により自由に行うことができます。

ただし,降格するだけの相応の理由のない上に手当などの賃金が大幅に下がるなど不利益が大きいといった場合には,権利濫用となり無効となってしまう可能性が高くなります。

第2には,職能資格や職務等級を引き下げる降格(降級)です。

職能資格とは,企業の中での職務能力を資格と等級で序列化したもので,営業職1級,事務職2級といったものです。

職務等級とは,職務内容や役割を内容や重要度に応じて等級に分類・序列化したもので,管理職1級や一般職3級などと設定して,等級ごとに給与を決めるなどをするためのものです。

この職能資格や職務等級は,経験の積み重ねなどにより,社員の職務遂行能力が一定レベルに到達することで等級が上がっていくことを予定していますので,引き下げは通常予定されていません。

これらの等級を下げる降格は,就業規則等に明確に規定されているか,対象の社員から個別の同意を得なければ,そもそもすることが許されず違法となります。

また,根拠規定や個別同意がある場合であっても,相応の理由が認められない,理由に対し不利益が不当に重いなどの場合は,やはり権利濫用として違法となる可能性が高くなりますので,注意する必要があります。

なお,通常はこのような役職や職務等級と賃金額は連動しているため,その降格は賃金の引き下げに直結します。

しかし,職位や役職と連動した賃金体系ではない場合,法的には賃金と職務等級は別の制度なので,その降格により賃金も引き下げることは原則として許されないと考えられます。

3 懲戒処分としての降格

懲戒処分としての降格(降格処分)は,企業秩序違反行為をした社員に対して課す制裁としてする降格です。

社員の能力や適性などを理由とする人事権行使としての降格とは,秩序違反の制裁という理由でするという点で異なります。

このような降格処分を行うには,その理由と手段を就業規則等で定めておく必要があると考えられています。

そのため,社員が悪質な行為に及んだとしても,就業規則等を整備しておかないと,そもそも処分が許されないことになります。

また,根拠規定を適切に整備していたとしても,懲戒処分を行う際には,客観的に合理的な理由と,社会通念上の相当性がなければならないとされています(労働契約法15条)。

このように,降格処分は,人事降格に比べて厳しい制限があるのですが,人事降格を行った場合でも,懲戒処分としての理由が含まれており,明確に区別することが困難なこともあります。

その場合は,企業側がどちらの措置を取るかを決めることができ,それに従って適用されるルールも決まるとされていますが,形式的には人事権行使でも,実質的には懲戒処分が主な目的だと判断されるケースもあります。


 
4 権利濫用となるケースとは

では,どのような場合に人事権行使としての降格が権利濫用となるのか,実際にあったケースをいくつかみてみましょう。

役職の降格について,たとえば東京地裁平成9年1月24日決定は,指示に従い業務を十分に遂行していないこと,連絡なく遅刻が多いこと,協調を欠き業務の遂行を阻害していることなどを理由に「バイヤー」から「アシスタントバイヤー」に降格され,賃金も年間で200万円程度減額されたという事案でした。

この事件では,配転と賃金とは別個の問題であり,経営者としての裁量権は一方的な賃金減額の法的根拠とならないから,使用者において一方的に賃金額を減額することは許されない,と判断されました。

他方で,東京地裁平成11年10月29日判決は,店長としての不適格性を理由に,職務等級を変更し,月あたり約9万円を減給するかたちで,店長から降格させた事案です。

この事件では,内部での人間関係や接客態度に問題があり店長として不適格と判断されてもやむをえなかったこと,月約9万円の減給の不利益は小さくないものの,職務等級にして一段階の降格であること,従業員の店長としての勤務態度に照らせば,降格はやむをえなかったといえ,違法とはいえないと判断されました。

職能資格・職務等級を引き下げる降格については,東京高裁平成19年2月22日判決では,新しい賃金制度が導入された際に,期待される能力よりも著しく劣っていると判断された場合等級を下げると就業規則が改訂され,表向きはこれに従って降格されたのですが,実は退職勧奨の対象者だったという事案です。

この事件では,就業規則自体は不当ではないものの,著しく能力が劣っているとは認められず降格するだけの理由がないこと,退職勧奨を拒んだことと降格とが関連することが強く疑われることなどから,降格は権利の濫用であって無効だと判断されました。

このように,降格にもさまざまなタイプがありますが,人事権の行使として行う降格は,比較的自由度が高く柔軟にすることができますので,能力や適格性に欠ける・指示に従わないなどの問題を起こす社員に対応する際の有効な選択肢になりえます。他方で,適切な根拠に基づいて行わなければ,あとでトラブルになり,しっぺ返しを受けてしまうリスクもあります。

降格を武器として使うためにも,就業規則や賃金規程などの内容によりできることは変わりえますので,その整備は不可欠です。労働分野にくわしい弁護士に相談されながら準備していくことをおすすめします。

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