前回のコラムでは,懲戒処分の根拠と注意点について解説しました。
今回は,一般にどんな懲戒処分があるのか,どんな場合に懲戒処分がされることが多いのかについてみていきましょう。
1 どんな懲戒処分があるか?
企業ごとに名前が異なる処分が設けられていることがありますが,典型的な処分を軽いものから順にご紹介します。
(1)戒告・けん責
戒告もけん責は,厳重注意や訓戒,訓告などとも呼ばれていますが,いずれにしても将来を戒めることをいいます。
戒告は単に会社から将来を戒められるのに対し,けん責は始末書の提出を命じた上で将来を戒めることが多くあります。
けん責処分にした上で,始末書を提出しない,あるいはまともな始末書を書かないことを理由に,さらに懲戒処分を出すことはできないと考えられています(詳細は別のコラムをご参照ください)。
(2)減給
減給とは,罰金や過怠金と呼ぶ企業もありますが,いずれにせよ本来支払われるべき賃金額から一定額を減額することです。
あまりに多額の減額ですと,生活できなくなってしまうおそれがありますから,1回の減給額は平均賃金の1日分の半額を超え,減給総額が一賃金支払期(たとえば20日締めであれば毎月21日から翌月20日)における賃金の総額の10分の1を超えてはならないとされています(労働基準法91条)。
もし,その従業員に非違行為が何回もあって減給処分が累積した場合に,減給額が賃金総額の10分の1を超えることになるのであれば,超過部分は次の賃金支払期に伸ばして行わなければならないので,注意が必要です。
(3)出勤停止
出勤停止は,謹慎や休職命令などとも呼ばれ,労働者の就労を一定期間禁止することです。
会社に来ないようにさせるというだけでなく,リモートワークをしている場合も,仕事をさせないようにすることになります。
出勤停止期間中は,その分の賃金が支払われず,退職金算定等での勤続年数にも算入されないという扱いをされることが多いようです。
出勤停止の期間は,法律の定めはとくにないのですが,7日から30日以内で定められる例が多くみられます。これよりも長いからといって直ちに違法にはならないのですが,6ヶ月の懲戒休職(出勤停止)処分が重すぎるとして,3ヶ月を限度に有効とされた裁判例もあります。
あまりに長い処分にすべきではないでしょう。
(4)降格
降格は,役職や職能等級をさげることをいいます。
これは,本人の適格性などを考慮して人事上の措置としてされることも多くあるのですが,制裁として下されることもあります(詳細は別のコラムをご参照ください)。
(5)諭旨解雇
諭旨解雇とは,諭旨退職などともいわれ,企業側が労働者に退職を勧告し,労働者に退職届を提出させた上で,解雇または退職扱いとすることです。
退職届の提出の勧告に応じない場合は懲戒解雇が予定されていることが多く,退職金は支給されるものの減額されることが多い(まれに退職金を支給しないとされることもある)のではないかと思います。
通常は懲戒解雇よりも多少軽減した懲戒処分として設けられることが多いのですが,懲戒処分の中でもっとも重い懲戒解雇に次ぐ重い処分であるため,裁判所もかなり慎重な目で有効性を審査する傾向にあります。
(6)懲戒解雇
懲戒解雇は,労働者への制裁として解雇をすることであり,もっとも重い懲戒処分です。
懲戒解雇の場合,退職金は不支給とされることが多く,減額で済むという企業もあります。
また,解雇予告(もしくは解雇予告手当)をしないで即時解雇とされるのが通常です。
もっとも重い処分であることもあり,裁判所も厳格に有効性を審査します。
法律上も懲戒処分の規制(労働契約法15条)だけでなく解雇の規制(労働契約法16条)も受けると考えられています。
これらの懲戒処分が,1つの懲戒事由に対して複数設定されることもあります。
たとえば出勤停止の後に降格,といった処分を設定することもできますが,懲戒事由に対して重すぎる処分を設定しても無効と判断されかねませんから,懲戒事由の悪質性とバランスをとる必要があります。
2 どんな場合に懲戒処分をする?
これまで,軽い順に代表的な懲戒処分の内容をみてきましたが,当然ながら重い処分ほど非違行為が悪質である必要があります。次は,どんな事情が懲戒事由になるのか,懲戒事由の典型例から解説していきます。
(1)経歴詐称
経歴詐称は,一般に,採用時の履歴書や面接で虚偽の学歴や職歴,犯罪歴等を申告することをいわれます。
学歴については,実際よりも高く詐称するだけでなく,低く詐称する場合も該当します。職歴も,能力や成績を判断するものですので,同様に扱われています。
ただし,このような経歴は,企業側が労働者の能力や人格を評価するためのものですので,懲戒処分の対象となる経歴詐称は,信頼関係を損なうような重要な経歴詐称に限られると解されています。
(2)職務怠慢
職務怠慢は,たとえば遅刻が多い,無断欠勤,勤務態度が悪いなど,職務遂行の態様が不適切な状態をいいます。
このような職務怠慢行為は,企業と労働者の関係では,適切に業務を行っていないという位置づけです。
このことから,単純にこのような行為をしただけでは懲戒事由にはならず,企業の秩序を乱している場合に懲戒事由になると考えられています。
そのため,職務怠慢行為を理由に懲戒処分をする場合,企業側が指導や注意を適切にしていたかが問題となることが多くみられます。
(3)業務命令違反
企業側が発した業務命令に労働者側が従わない場合を業務命令違反といわれます。
この業務命令は,法的に有効なものでなければならず,無効な業務命令に従わなかったことを懲戒の対象とすることはできません。
たとえば,上司が個人的な嫌がらせ目的で転勤を命令したのを部下が拒んだとしても,業務命令違反を理由に懲戒することはできないことになります。
有効な業務命令については,労働者がどのように違反したか,という態様も重要です。
無断で命令に反する行動をとったり,再三の指導を聞かず頑なに拒否したりしている場合などでは,懲戒処分は有効と判断される可能性が高くなります。
(4)服務規律違反
職場の規律に違反し企業秩序を乱す行為が,就業規則などによって制限されている場合,その規律に違反した行為が服務規律違反になります。
服務規律違反行為はかなり多岐にわたり,職場内での暴行・脅迫,窃盗,業務妨害,ハラスメント,横領などの不正行為・犯罪行為,情報漏洩,物品の私的流用,企業内での政治活動などが予定されることが多いでしょう。
このような職場の規律違反行為について,他の労働者が事実調査に協力を拒んだ場合,調査に協力しないことを理由に懲戒することもありえます。
ただし,判例上,従業員の指導・監督が職務である場合や,調査への協力が仕事をする上で必要かつ合理的だという場合でなければ,調査へ協力すべき義務がないとされていますので,懲戒の判断は慎重にしなければなりません。
(5)私生活上の非行
職場を離れた,労働者の私生活上での問題行動も,懲戒の対象となることがありえます。
服務規律違反同様,私生活上の非行も多岐にわたり,犯罪行為や迷惑行為全般がこれに該当しえますが,懲戒処分は企業の秩序の維持のためにされるものですし,本来であれば私生活で何をするかは労働者の自由でもあります。
そのため,労働者の私生活上の非行を理由に懲戒を下す場合は,より厳格に判断されることになると考えられています。
懲戒事由として該当する私生活上の非行は,比較的悪質なものに限られ,また企業の秩序に直接関連があって,企業の信用棄損につながるものでなければならないと考えられています。
裁判例では,公共性の高い鉄道会社が公務中の警察官を暴行したとしてされた懲戒解雇や,会社を誹謗するビラを配布したとしてされたけん責処分が有効されたケースなどがみられます。
(6)兼業
労働者がその企業以外の企業で就業したり,自ら事業を営んだりすることです。
私生活上の非行とは異なり,私生活においてそれ自体は正当なことをしているわけですから,懲戒事由とできるかは厳格に判断されます。
民間企業において,全面的な兼業の禁止を定めている場合は,合理性に欠けるということで無効と判断される可能性が高いと考えられています。
全面禁止ではなく,許可制にすること自体には合理性があると考えられていますが,無許可での兼業であっても,業務に支障が出ていない,企業の信用や利益を害するようなことはしていない,という場合には,兼業したことのみで懲戒処分をすることは困難だと解されています。
(7)その他不適切な行為
就業規則などで,上記のような典型的な懲戒事由以外の問題行動を懲戒するため,包括規定として置かれることが多いでしょう。
これまでみてきましたように,日本の労働法分野では,労働者側が重く保護されており,適切に懲戒処分をするには,企業側が相当に気を張る必要があります。
あとから懲戒処分が無効となりますと,事業継続に大きな支障が出かねませんので,よく考慮して進めることが必要です。
より企業が発展していくためには,起きてしまった紛争を解決するだけではなく,紛争を予防し,会社のリスクを最小限に抑えることが必要です。
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