1 はじめに
長時間労働が労働者の心身に与える影響から,労働者の健康に配慮する義務を負っている使用者として,もとより長時間労働は避ける必要がありますが,今般の賃金請求権の消滅時効期間の延長により,未払残業代請求への対応としても,一層適切な労働時間の管理が必要になったと言えます。
すなわち,従来,賃金請求権の消滅時効は2年でしたので,過去に遡って未払残業代請求をされた場合,2年分の残業代を支払う必要がありましたが,令和2年4月1日以降に支払期日が到来する賃金請求権の消滅時効期間が,当面の間は3年になったことにより,残業代の未払があった場合,これまで以上に使用者の負担が大きくなることが予測されます。
そのため,使用者の立場としては,長時間労働を容認または放置したうえで,残業代の未払を生じさせてしまうことによって,過去3年分遡って残業代請求を受けるという事態は,避ける必要があります。
また,残業代の負担を軽減するという理由に限らず,適切な労働時間の管理と不必要な残業の削減は,使用者にとっても労働者にとっても望ましいことです。
使用者の立場としては,労働者の健康や家庭生活,プライベートな時間を充実させ,労働者に生き生きと働いてもらうことができます。
労働者の立場からしても,労働時間の管理,業務量の調整,業務の分担が適切になされて,無駄な残業から解放され,自分の時間が増えるに越したことはありません。
以上述べて来たとおり,適切な労働時間の管理が重要であることは多言を要しませんが,どのようにして労働者の労働時間を適切に管理し,不必要な残業を削減するかについて,一例を紹介したいと思います。
2 労働時間管理の方法
まず,労働者が自己の判断で自由に残業することを,認めるべきではありません。
残業には上司の許可を要するという規則を定める必要があります。
また,労働時間の管理をタイムカードだけに頼ってしまうと,許可なく残業し残業後にタイムカードを押して退社する労働者や業務終了後仕事をせずに社内に残っている労働者を見過ごすことに繋がりますので,例えば,労働時間の管理を残業申請書と残業承認書で行うことを,就業規則や雇用契約書等に明記して,労働者に周知徹底します。
次に,規則を定めたものの,規則の通り運用されていないというのでは意味がありませんので,現実に規則通りに運用する必要があります。
労働者が残業をする場合には,毎回,必ず残業申請をさせて,必要な場合に限って上司が承認します。
また,後日,残業時間が争いになる可能性もありますので,残業申請書とそれに対する承認は,記録として保管しておく必要もあります。
そして,残業申請をせずに残業をしている労働者がいる場合には,残業申請を行うように指導をします。
忘れているとか面倒だからという理由であれば,申請しないことについて正当な理由がありませんので,申請するように指導します。
労働者が,業務量が多すぎて申請すると36協定に反するからできないと言う場合には,業務量を減らして,残業時間を減らすようにします。
上司が残業を認めないから申請しないと言う場合は,上司の判断が適切かどうかを検討します。
部下が不必要な残業を申請しているというのであれば,部下を指導し,上司が必要な残業を認めていないというのであれば,上司に残業を承認するように指示します。
それと同時に,頻繁に長時間の残業許可を申請してくる労働者がいる場合は,その労働者の業務量が過大ではないか調査し,業務量を見直す必要があろうかと思います。
結局のところ,残業するには許可を取ると言う運用を厳密に行うとともに,残業しないと処理できない業務を命じられたから黙示の残業許可があったと言われないように,各労働者について,適切な業務量の調整を行うことが必要です。
3 未払残業代請求を受けたとき
次に,労働者から未払残業代の請求を受けた場合の対応について説明します。
労働者側から,タイムカードの時間やパソコンのログ,施設への入館退館時間の記録をもとに労働時間を算出し,残業代の請求をされることがあります。
その際,使用者側として,タイムカード上は残業になっているが,残業は命じていないし,労働者は社内に残って私用をしていた等の反論をすることがありますが,裁判手続においては,客観的な資料であるタイムカードに重きが置かれ,労働者の主張が認められるという傾向は否定できません。
そのため,労働者から残業代の請求をされたり,裁判を起こされたりしてから対処するのではなく,普段から,裁判を起こされたとしても使用者側が把握している労働時間が正しいと裁判所に認めてもらえるように,適切に労働時間の管理をしておく必要があります。
労働者が働いていた時間に応じた賃金を支払うことは当然ですが,働いていない時間の賃金を払わないといけないというのは不合理ですので,普段から,残業の申請と許可を厳密に行い,許可のない残業はさせないという実績を作っておく必要があります。
4 最後に
賃金請求権の消滅時効期間の延長により,今まで以上に,適切な労働時間管理と長時間労働の削減の必要性が高まったと言えます。
労働者の健康や家庭生活,プライベートな時間を充実させるためにも,不必要な残業を認めない,労働者の能力や適性を見極め,業務内容と業務量を調節する,業務時間内に仕事が終わるように,労働者が集中して仕事に取り組める良好な職場環境を維持する等の取り組みを行っては如何でしょうか。
適切な労働時間の管理を行なうことは,使用者にとっても労働者にとっても,大切なことですので,使用者も労働者も双方が納得できる労働時間管理を行えるようにしたいものです。