弁明の機会の付与 懲戒処分と適正手続き

1 懲戒処分を行う場合の適正な手続き

問題社員に対する対応として,懲戒処分もやむを得ないと考え,処分を行う場合に,どのような手続きが望ましいのか,今回は,懲戒処分と適正な手続きについて,解説します。

まず,懲戒処分に関する手続きについて,就業規則等に定めがある場合には,その規則に従って処分を進めなければなりません。

例えば,懲戒委員会の開催など,懲戒処分に必要な手続が労働協約に記載されているのであれば,その手続に則って懲戒委員会を開催したうえで懲戒処分を行うことになりますし,懲戒処分を行うには労働組合との協議が必要である旨の労働協約がある場合には,労働協約に従って処分を進める必要があります。

一方で,懲戒処分に関する手続きを定めていないという使用者もあろうかと思いますが,懲戒手続の規定がない場合であっても,懲戒処分を行うには,弁明の機会を設けることが必要だと思われます。

2 弁明の機会を付与すべき理由

弁明とは,従業員に対して,懲戒の対象となっている事由を告げ,認否や反論の機会を与えるということですが,次に述べる2つの理由から,懲戒処分を行おうとする場合には,弁明の機会を設けるべきだと考えます。

1つ目は,弁明の機会を付与することにより,従業員の言い分を十分に聞くことができ,誤った懲戒処分や行き過ぎた懲戒処分を未然に防ぐことができます。

従業員に対する弁明を行わずに懲戒処分を行ったところ,後に,裁判所等で,懲戒処分の効力が争われ,従業員からは,使用者の認識とは異なる予想外の主張がなされた結果,従業員の主張が認められてしまい,懲戒処分が無効と判断されてしまうということは避けなければなりません。

従業員の弁明を十分に聞いたうえで,懲戒処分の内容について慎重に検討することにより,適正かつ相当な処分を行うことができると考えられます。

2つ目は,弁明の機会を与えることにより,会社として,懲戒処分の手続き自体を適正に行っていることを,明らかにすることができます。

弁明の機会も与えずに,一方的に懲戒処分をしたとすれば,仮に懲戒処分の内容が適正であったとしても,処分を受けた従業員や処分の当否を判断する裁判所等に対して,懲戒処分の手続きそれ自体が,拙速でいい加減なもののような印象を与えてしまいかねません。

その一方で,弁明の機会を与え,処分を受ける側から弁解を聞き,反論の機会も与えたというのであれば,裁判所等に対して,懲戒手続きが慎重かつ丁寧になされていることを印象付けることができます。

このような理由から,懲戒処分を行うにあたっては,原則として,従業員に弁明の機会を与えるべきであり,従業員の言い分を十分に聞かずに,懲戒処分を行うことは,避けるべきだと考えられます。

3 弁明の機会の付与の要否に関する裁判例

まず,就業規則に弁明の機会を付与する規定がない場合に,懲戒処分時の弁明の機会の付与の要否に言及した裁判例として,日本ヒューレット・パッカード本社セクハラ解雇事件(東京地裁平成17年1月31日判決)があります。

この事件は,懲戒処分に当たり弁明の機会を付与する規定が就業規則にない以上,弁明の機会を付与しなかったとしても,直ちに当該処分が無効となると解するのは困難であり,また,会社は一応弁明の機会を与えていたと評価できるとして,懲戒解雇が有効とされた事案です。

同判決は,「確かに,一般論としては,適正手続保障の見地からみて,懲戒処分に際し,被懲戒者に対し弁明の機会を与えることが望ましいが,就業規則に弁明の機会付与の規定がない以上,弁明の機会を付与しなかったことをもって直ちに当該懲戒処分が無効になると解することは困難というべきである。」と判断しています。

これに対して,懲戒処分を行うに際して,弁明の機会を付与しなかったことを,懲戒処分の相当性を否定する理由としている裁判例もあります。

東京地方裁判所平成22年7月23日決定(ビーアンドブィ事件)は,「本件懲戒解雇は,従業員に対して最終的な弁明の機会等を付与することなく断行されており,拙速であるとの非難は免れず,この点において手続的な相当性に欠けており社会通念上相当な懲戒解雇であるということはできない。」と判断しています。

このような裁判例を見る限り,弁明の機会を付与しないことが,懲戒処分が相当でないことの理由とされてしまうリスクはありますので,リスクを避ける観点からして,弁明の機会を設けることが望ましいと言えます。

4 従業員から弁明を聞く方法について

従業員から弁明を聞く方法は,直接対面で話を聞く方法もあれば,書面の提出を求める方法もありますが,就業規則等に具体的な定めがない場合は,どちらでも構いません。

ただし,慎重に懲戒処分を進めたいのであれば,弁明書を受取った後で,従業員から口頭で説明を受ける方法が望ましいと思われます。

また,従業員から弁明を聞く回数は,行おうとしている懲戒処分の内容と従業員からの弁明の内容によって変わってくると考えられます。

従業員からの反論がある場合に,懲戒解雇等の重い処分をしようとするときは,再度の弁明の機会を与えたり,改めて弁明書の提出をさせたりする等,懲戒処分手続きを慎重に進めることが望ましいと言えます。

一方で,譴責や戒告のように比較的軽い懲戒処分の場合には,何度も弁明の機会を与える必要性は低いと考えられます。

また,従業員からの反論が,明らかに理由がない場合にまで,再度の弁明の機会を与えなければならないかというと,必ずしもそうではないでしょう。

5 最後に

これから懲戒処分を行おうとする使用者は,後々,懲戒手続きの不備が問題とならないように,従業員に,十分な弁明の機会を与えて,適正な手続きを行うように努めなければなりません。

また,後日懲戒処分の効力が争われた場合のことを考えて,従業員に弁明の機会を与えて,相手方の言い分を十分に聞いたことを確実に資料として残しておく必要もあります。

懲戒処分について悩まれた場合には,従業員に対する懲戒処分の内容の妥当性のみならず,懲戒処分を行う手続きや弁明の方法についても,お気軽に弁護士にご相談ください。

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