1 能力不足・勤務態度不良等の問題社員
経営者であれば,社員について多かれ少なかれ悩みを抱えているものです。
特に,能力不足の社員や勤務態度が不良な社員を抱えていると,単純な生産性の低下を生じさせるだけでなく,他の社員のモチベーションを低下させ,会社全体へ悪影響を及ぼすおそれがあります。
会社として問題社員へ対処しなければ,能力のある他の社員が辞めてしまうということにもなりかねません。
通常は,適切な指導・教育をして,改善の機会を与えることから始めることになると思いますが,社員の問題が看過し難い程度に至っている場合には,解雇という厳しい措置を取らざるを得ないこともあります。
多くの会社の就業規則では,普通解雇事由として,①能力不足・成績不良,②勤務態度不良・他の社員の業務遂行への悪影響,③適格性欠如などが挙げられていますが,どのような基準で適用してよいのか悩むことが多いと思います。そこで,裁判例での一般的な傾向を知ることが重要です。
2 解雇規制
日本では,会社による解雇が社員の生活基盤を形成する雇用関係を一方的に解消する重大な効果を持つため,解雇権の行使は制限的に解されています。
具体的には,労働契約法16条が「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。」と定めていて(いわゆる解雇権濫用法理),社員を解雇するには,①客観的に合理的な理由,②社会通念上相当であることが必要です。
そして,日本では,一般的に長期雇用システムを前提に職種や職務内容を限定せずに採用し,就職後に様々な職務を経験する中で能力を伸ばしていくということが予定されてきたことから,能力不足等を理由とする普通解雇の場合,裁判例では,能力不足等が労働契約を継続し難いほどに重大なものかどうかを慎重に判断する傾向にあります。
3 裁判例での着目点
裁判例では,普通解雇が認められる一律の基準はありませんが,①社員の地位や業務内容の特定の有無,②社員の改善見込みの有無,③会社による改善措置・配置転換等の解雇回避措置に着目して解雇の有効性(能力不足や成績不良が労働契約を継続し難いほどに重大なものかどうか)が判断されています。
① 社員の地位や業務内容の特定の有無
中途採用者で,その社員が特定の業務を遂行できる能力があることを前提に雇用された場合には,その業務遂行能力がないことが明らかになったときは解雇の合理的な理由や相当性が認められやすい傾向にあります。
例えば,ヒロセ電機事件(東京地裁平成14年10月22日判決)は,職歴に着目し,業務上必要な日英の語学力,品質管理能力を備えた即戦力となる人材であると判断して品質管理部海外顧客担当で主事1級という待遇で中途採用された社員について,品質管理に関する知識や能力,日本語能力・英語の語学力が不足し,上司の指導にも反抗するなど勤務態度も不良であったことなどから,解雇を有効としました。
② 社員の改善見込みの有無
相当期間の会社の注意・指導によっても改善がみられなかったり,注意・指導に反抗したりする場合には,解雇が認められやすい傾向にあります。改善がみられる場合には,解雇が認められにくくなります。
③ 会社の改善措置・配置転換等の解雇回避措置
解雇という最終手段を取る前に,会社として社員への注意・指導等の改善措置,配置転換等を行うべきと考えられています。もっとも,中途採用者で,特定の業務を遂行できる能力があることを前提に雇用された場合には,緩やかに考えられていて,これらの措置を行わなくても解雇を有効とする裁判例もあります。
4 会社として問題社員に対してどのように対応すべきか
① 注意・指導等の改善措置
会社として,まずは,その社員のミス・勤務態度に対して注意・指導して改善する機会を与えることが必要です。
能力不足の場合には,「ミスをしないよう」注意したとしても,何をどうすればよいのか分からない社員もいます。
何故そのようなミスをするのか,具体的な原因を探るとともに,どうすればそのようなミスを防ぐことができるのかその解決策まで具体的に助言・指導することが望まれます。
また,知識・経験が足りないのであれば,能力向上のための研修の機会を設けることも検討すべきです。
② 配置転換等
そうした改善措置を相当期間継続しても改善が見込まれない場合には,別部署に配置転換することも検討します。
③ 退職勧奨
これらの措置によっても能力不足等が労働契約を継続し難いほどに重大であれば,解雇することを検討しますが,いきなり解雇するのではなく,退職勧奨した方がよいでしょう。
裁判になったときに普通解雇が認められるかリスクがある場合でも,適切に交渉することで円満に退職することもあります。また,普通解雇が認められる事案であっても,裁判になる時間的・経済的負担を考慮すれば,会社として多少の譲歩をしても円満に退職するメリットは大きいです。
④ 顧問弁護士又は労務問題を得意とする弁護士への相談
裁判で争われたときにどのような証拠が必要であるのか知らなければ,適切な証拠を残すことができませんので,問題社員への対応に悩んでいるときには顧問弁護士又は労務問題を得意とする弁護士に相談し,助言を受けるべきです。
また,裁判で争われたときに普通解雇が認められるかについて見通しを持たなければ,退職勧奨の際にどのような条件を提示すべきか判断できませんので,遅くとも退職勧奨の段階では顧問弁護士又は労務問題を得意とする弁護士に相談すべきです。
⑤ 証拠化
裁判になったときに備え,顧問弁護士又は労務問題を得意とする弁護士の助言に従って,その社員の能力不足・勤務態度不良等を裏付ける証拠,会社として注意・指導等の改善措置を行った証拠,それでも改善がみられない事実を裏付ける証拠等を集めることが重要です。